承認欲求

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気づけばもう6月。今年が半分過ぎます。ええ。目標達成していない。

でも、毎日毎日全速力で走り続けるのは無理で。少なくとも私はできない。だけれど、最近、自粛生活のおかげで自分と向き合う時間だったり、生活習慣が少なからずみんな変わっているんじゃないかなあ。

3ヶ月ぶりに美容院へ、待ち望んで行った。もうショートのみなさまはわかると思うけれど、この中途半端な長さのこの感じがもう地獄で。なんていうか、部屋にゴミが散乱しているけれど、ちょっとしてことじゃ拾えなくて、プロの人を呼ばないと対処できないみたいな。だから、私じゃできないから誰かにやってもらわないといけない。邪魔なのはわかっているのに・・・。という気持ちだったのずっと。それがやっと解放されて私はこの上ない幸せを味わえました。そして、美容院の人も営業大変だなと思った。彼らって、リモートワークできないし、接触しないと仕事にならないし。その技術って、やっぱりすごいんです。私の素人にはできない。

美容院いってるのかな?ニーズあり?

ところで、最近思うのは人間はやっぱり承認欲求が強いなと思うこと。

私は割と人と会話をする時に、この人のデータみたいな物が蓄積されていく手法をとっている。ぴーってあ、こうなんだ。へー。こういう生活してるんだ。趣味。好きそうなこと。など。だから、この前聞いたなって思うことが多い人もいるし、逆に私が話したことうんうん、って聞いてたよなと思いながら、3回目くらい聞いてくる人もいる。それと同時に私は、この人にとってそんな面白いネタな存在ではないのだな、まあたまたまこの時空間に一緒に存在しているから、一緒に時をしゃーなし向こうは過ごしているんだろうなと思わされる。つまり、私からの人としての重要段階に差別化できる。言葉にすると、冷徹だけれど、この人はここら辺までの話でいいか。どうせ聞いてないし、とか、この人は私に興味あるからここまで話そう。とか、レベル感を把握できる。とはいえ、そんなに自分のことを話すことはあんまりなんだけれど。

でもそれって、私も実はそうしているのではないかと思った。無意識に、この人はなんとなく、私に本心で話してないんだろうなとか。だから、相手も私の話は半分くらいしか聞いてないんだろうなと。だから、それが私にミラーで反映されているような気もして。悪いことは全部帰ってくるじゃないけれど、自分がしてないのに他人にそれを求める意味がわからなあああい。

承認欲求が強いということは、他人に認められたい。つまり、自分で自分を認められないから。自分を認められないと、次に進めないんじゃないかな。ここまでの状態です。今の私。とか、アニメ見るの大好きだけど、それ言ったらプライドが許さないから、嫌い。って言ったり、すごい変わりたい自分がいるけど、無意識に変わらない自分が心地いいから、変わらない選択肢をとっている。だから、変わりたいっていう自分も変わりたくない自分もいるって認めると、そうだよね。そうだったね。って自分と向き合える気がするし、じゃあその上で何ができるかって、次のステップに進めることができるよね。認めることは決して悪いことじゃない。認める練習をしよう。

航空ショー見れなかったな。@Paris

私は海外に行きたい。

今日もありがとうざいました。良い1日をお過ごしください。

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